石見ダークサイド第一話:研究者の道を断念し、瀕死の介護施設へ

チームビルディングコンサルタントの石見です。





今回から全4話に分けて

私のダークサイドと言いますか、

私がどのようにして起業し、

今のような仕事を生業にするに

至ったのかをお伝えしようと思います。




少し物語調にしてみましたので、

よかったら読んでみてください。






※すべて実話です。




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第1話:

研究者の道を断念し、

瀕死の介護施設へ

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1. 夢破れてキャリアを再構築


私のキャリアは、

当初目指していた学問の道から

予期せぬ形でスタートしました。





大学卒業時、私はアメリカの大学院で

ラテンアメリカの研究者になることを

目指し、実際に入学許可も得ていました。





しかし、金銭的な都合がつかず、

その道を断念せざるを得なくなります。




当時の日本は就職氷河期。




就職先もまったく見つかりません。





仕方なく、私はフリーターとして

ラーメン屋でアルバイトを始め、

その後に少年野球時代の

友人の誘いを受け、

飲食店と広告制作を行う会社に入社。




そこでキャリアを積むことになります。





この会社で、店舗の出店計画、

資金繰り、採用、社員教育など、

営業最前線以外のバックオフィス業務の

ほぼ全てを担当しました。




これにより私は、会社がどうやって

大きくなるのかという経営の原体験を

得ることができたのです。






2. コーヒーブレイクで決まった運命の転換


そんな中、ラーメン屋時代に出会った

元店長代理(コーヒー飲み友達)と

近況を話していた際、

彼が相続や税務の関係で

介護事業の施設を買収することに

なったと聞かされました。




そこで突然元店長代理から

「やってくれないか」と


打診を受けたのです。




彼との過去の付き合いから、

中途半端に任されるのが

嫌だと思った私は一瞬考えて






「全て任せてくれるなら

考えてもいいですよ」




と伝えます。




すると、彼は二つ返事で

「全部任せるから来てくれ」と即答。




こうして私は、

介護施設の経営に携わることに

なったのです。





3. 火の車の施設の現実


しかし、施設に入ってみると、

その状況は想像を絶していました。




施設は収支が赤字で、

買収費用でキャッシュも乏しい状態。




入居者やその家族からの

クレームは絶えず、

私が入って間もないタイミングで、



行政(介護福祉)から行政指導や

改善命令が出されるなど、

まさに「瀕死の状態」でした。




最初、私は前の会社との

かけ持ちで施設に入り、

オーナーの後ろで状況確認や

アドバイスをするという

バックアップ的な役割から

スタートしました。




けれども、まもなく

この特殊で不安定な施設経営は、

私の人生を大きく変える事件へと

発展していくことになります。






続きはまた次回。